転職の多くは金曜の夜に決意し、月曜の朝に後悔する
転職の決断は、その8割が感情から始まる。上司にこっぴどく叱られた日、年収交渉が決裂した日、隣の席の同僚がいい会社へ移っていった日。その感情自体は正直なシグナルだ。問題は、感情が進むべき方向まで決めてくれるわけではない、という点にある。
同じ不満でも、会社を移れば解消するケースもあれば、移った先で半年後にまったく同じ壁にぶつかるケースもある。感情を無視しろという話ではない。感情はシグナルとして受け取り、決断は基準で下そうという話だ。以下の7つの質問は、感情と決断のあいだに置くフィルターである。紙に書き出して、一問ずつ答えを埋めてほしい。頭の中だけで転がしていると、自分に都合のいい答えだけが残る。
質問1〜2。いまの自分はバーンアウトか、成長停滞か
この二つは症状が似ていて混同されやすいが、処方箋は正反対だ。バーンアウトはエネルギーの問題である。仕事自体はやれるのに心身が空っぽで、朝起きるのがつらく、週末を挟んでも回復せず、以前は楽しかった業務まで重く感じる。バーンアウトは転職ではなく、まず休息と業務量の調整で解くべき場合が多い。放電したまま移れば、新しい職場でより早く消耗する。
成長停滞は方向の問題だ。コンディションは悪くないのに、この1年で新しく学んだことがなく、半年後の自分の姿がいまとまったく同じに描け、会社がより難しい仕事を任せてこない。これは休んでも解けない。環境を変えなければ解けない。
質問1: 3日続けてしっかり休んだら、また働く気力が戻ってくるか。戻るならバーンアウト寄りだ。質問2: いまの会社でこれから2年のあいだに新しく学ぶことを、3つ以上具体的に書き出せるか。書けないなら成長停滞寄りである。
質問3。この問題は会社を移れば本当に消えるのか
転職で解決する問題と、しない問題を切り分けることが肝心だ。特定の上司、特定の組織構造、停滞した業界、低い年収の上限といった環境に紐づいた問題は、移れば消える可能性がある。逆に、締め切りを守れない癖、対立を避ける傾向、フィードバックを攻撃として受け取る態度など、自分の内側にある問題は、会社を変えてもそのままついてくる。
簡単なテストがある。いまの不満を3つ書き出し、それぞれの横に、原因が自分にあるのか環境にあるのかを記す。3つのうち2つ以上が環境側なら、転職は合理的なカードだ。2つ以上が自分側なら、移る前にそこへ手をつけないかぎり、次の職場でも同じ評価を受けることになる。
質問4〜5。自分の収入と時間の下限はどこか
下限を数字で決めておかないと、交渉のテーブルで揺らぐ。二つの下限をあらかじめ決めておこう。
質問4は収入の下限だ。この金額を下回るなら移らない、という最低年収を決める。ただし額面ではなく手取りで見る。賞与や成果給の比率が大きい会社は確定分だけを計算に入れ、通勤が往復1時間増えるなら、交通費と時間の価値を月4万〜6万円のコストとみなして差し引く。ストックオプションは上場前なら0円として保守的に見積もるほうが安全だ。
質問5は時間の下限である。年収が上がる代わりに週の労働が10時間増えるなら、時給はむしろ下がっている。いまの実質時給を計算し、新しい職場の想定時給と比べてほしい。年収で見れば栄転、時給で見ればダウングレードという例は、思っているより多い。
質問6〜7。次の職の参入可能性を確認したか
適合度と参入可能性は別の概念だ。その仕事が自分に合っているか(適合度)と、いまの経歴と市場環境で実際にその席を取れるか(参入可能性)は、分けて検討しなければならない。合ってはいるが入れない席を目標に据えると、数か月を空費する。
質問6: 狙うポジションの求人票を実際に5件開き、要求要件のうちいま満たしている割合は何パーセントか。70%以上なら即応募、40〜70%なら3〜6か月の準備を経てから、40%未満ならいまは参入可能性が低いので、踏み石になるポジションを一度挟むほうが現実的だ。
質問7: その業界で働いている人と、最低2人は実際に話したか。LinkedInや知人づてに30分聞くだけで、外から想像していた絵と内側の現実がどれだけ違うかはすぐに見えてくる。この対話を欠いた転職は、写真だけを見て引っ越し先の家を契約するようなものだ。
決断の前に30日の小さな実験を挟め
7つの質問に答えたなら、方向はある程度見えているはずだ。それでもすぐに辞表を書かず、大きな決断の前に30日の実験を一つ挟もう。移りたい分野があるなら、退勤後の時間でその仕事の縮小版を30日間やってみる。コンテンツ系なら短い成果物を4本つくって自分で公開してみる。データ系なら、関心のある職種の求人が求めるツールでミニプロジェクトを一つ完成させてみる。
30日実験の目的は成果ではなく検証だ。実際にやってみれば、想像のなかの興味が本物だったのか、それともいまの会社が嫌で生まれた錯覚だったのかが体でわかる。実験を通過したなら確信をもって動けばいい。途中で気持ちがしぼんだなら、答えは転職ではなく、いまの場所で変えられるものを探すことだ。どちらに転んでも、感情ひとつでキャリアを投げ出すよりはるかに安く学べる。